SUSABI GAMES

ボードゲーム制作レーベル「遊陽(すさび)ゲームズ」からの情報を発信します。

ゲムマ初参加時の生産個数の決め方の一例

「ゲムマ初参加で何個作るか」はTwitterで定期的に上がってくる話題の1つです。多くの場合、「売れそうか?」という製品ポテンシャルや宣伝力の面から語られているように思います。遊陽ゲームズ初参加で制作した『忍尾将棋』では違うアプローチだったので、それについて書いてみます。

結論を先に書いておくと「総原価と利益率を先に固定しておいて、原価と品質のトレードオフの中で生産個数が決まってくる」です。何かお堅い感じがしますが、誰かの参考になれば幸いです。

目次

前提

ここはサークルの活動方針などを書いているので読み飛ばして貰っても問題ありません。

遊陽ゲームズは活動方針として「作り続けること」を大事にしています。作り続けるためには金銭的な話題は避けて通れません。金銭的な安心・安定を得られることによって、もっと面白いコトや品質の高いゲーム作りにチャレンジしていけるからです。(趣味の活動で借金を背負うのも精神的によろしくないので。。。)

という訳で、初戦で大敗しないためにも金銭的な安全を優先して「使う金額の上限(総原価)」と、投資回収ラインと販売価格に直接関係のある「利益率」を決めました。利益率については、「原価に近い金額で販売するのは界隈全体へのダンピングに繋がるのできちんと利益を確保する」というのをサークルのポリシーとして決めていました。(変に意識高い)

サークル立ち上げ時にしたためた文章はこちら。ご興味あればどうぞ。 susabi-games.hatenablog.com

STEP1: 総原価と利益率を決める

まず、総原価(投資できる金額)と利益率を決めます。

イベント販売のみで考えるとおおよそ以下の数式で必要なパラメータが把握できます。イベント出展料や各種経費を原価に乗せるかはお好みで(うちは乗せてました)。
※以降、原価や原価率などは基本的にゲーム一個当たりのものを指します。

  • 総原価=生産個数 x 販売価格 x 原価率
  • 原価率=1 - 利益率
  • 原価=販売価格 x 原価率
  • リクープ個数=総原価 / 販売価格

上記パラメータのうち、当サークルでは総原価利益率を固定しました。利益率が固定されるので原価率も固定です。そうなると、生産個数・原価・販売価格・リクープ個数(原価回収ライン)のいずれか1つでも決まれば自動的に全てのパラメータが決まります。この4つのパラメータの内、どれを次に検討するかというと「原価」です。コンポーネントの品質に直結する原価のコントロールが大きな課題だからです。
つまり、総原価と利益率を固定して、問題を原価と品質のトレードオフにまで絞り込んだということになります。

原価はコンポーネント仕様とその品質によって決まります。原価を低減するには、印刷のグレードを下げる・既製品を使う・原材料から手作りする…などがあります。
自分の理想のゲームを作れるのが同人の醍醐味なので、品質を妥協せず原価を固定する方法ももちろん十分ありです。その場合は販売価格(=利益率)、生産個数(=総原価)などで調整することになります。この場合も生産個数を増やすことで品質を維持したまま一個あたりの原価を下げることができますが、リクープ個数が増えたり多量の在庫を抱えたりといったリスクが生まれます。

STEP2: コンポーネント仕様パターンを複数作って原価計算

原価と品質のトレードオフにまで絞り込んだので、具体的にいくつかのコンポーネント仕様パターンを検討していきます。通販や100均を探し回ったり実際に材料を集めて試作してみるなど、ここに多くの時間をかけました。

まずはゲームの主要なコンポーネントに優先順位をつけ、順位が高いほど「妥協できない要素」として扱います。ぶっちゃけ何も妥協したくないのですが、もう原価と品質にしか調整の余地が残っていないので心を鬼にして順位をつけます。

忍尾将棋では、

カード > 箱 > プレイマット > 説明書 > サマリーカード

を優先順としました。

ベストと思われる仕様を作ってみて販売価格やリクープ個数が満足できればハッピーです。しかし、ベストな仕様そのままでGOできるかというと、多くの場合そう上手くいかないものです。となると、優先順位が低いコンポーネントから順に原価低減のための工夫をしていくのですが、そもそも優先順位が高いコンポーネントほど原価が高かったりするので、最終的にはそこにもメスを入れていく必要があったりします。ゲーム性を変えずにグッと原価を下げられるなら、情緒的な体験を犠牲にすることも考えられるでしょう。(例えば、大量のチップを使わずにダイスでリソース量を表示する、などです)

忍尾将棋でいうとプレイマットは布から手作りにし、箱は貼り箱ではなく市販の折り箱に印刷したシールを貼る方法で原価を抑えています。その2つで原価が大きく抑えられたので、カードはマットPPにしてカードスリーブを付けることもできました。ちなみに、検討の過程では「マスの交点に当たる部分6か所にマーカーを置いて12マスの格子を表現する」という案がありましたが、プレイアビリティの観点から却下したりしました。他には、箱を「100均のペンケース+紙のスリーブケース」とする案もありました。

コンポーネントに工夫を凝らすのは面白く、人生で一番100均巡りを楽しめました(笑)
自作プレイマットは、使い勝手と原価の低さを両立したちょっとした発明だったと思います。(量産ができないので今は作っていません)

STEP3: STEP1~2により、仕様パターン毎の各種パラメータが決まる

仕様パターンを松竹梅の3パターンくらい作ったら、冒頭の数式に原価をぶち込んでみて生産個数・販売価格・リクープ個数などを確認します。(実際は生産個数によって原価が変わるので、仕様パターンを作る時点である程度は生産個数のアタリを付けておく必要があります)

機械的に数値を入れたらそれを眺めたり変えたりしながら調整可能な金額感がどれくらいなのかを把握します。もし「販売価格が高すぎてこれはさすがに買ってもらえない」や「リクープ目標が高すぎて原価回収できそうにない」などとなれば前のステップに戻って見直します。

STEP4: 一番良さげな仕様パターンをエイヤッと選ぶ

あとはもう勘と度胸です。後悔しない仕様パターンを選びます。
Twitterで複数の制作者さんがつぶやいているのでそれを参考にしたり質問したりするのが良いでしょう。また、「ペンとサイコロ」さんのアンケートは客観的なデータとしてある程度参考になります。

roy.hatenablog.com

あとは事前にゲームマーケットに行って「どんなゲームがどういう仕様で出していて何個くらい売れていそうか」を観察し、肌感を持っておければなお良しです。

あとがき

趣味の活動のはずなのに仕事みたいなことやってんなぁという感じですが、Quality-Cost-Delivery の最適解を探すのは楽しかったです。
また、金銭面の条件を固定したため、品質と原価のトレードオフになり「沢山の人に遊んで貰いたければ、なるべく品質を落とさずに原価を下げる努力をしないと数が作れない」となったのは良い方向に働いたと思います。

結果はというと、お世話になった人への謝礼などを除いた販売用88個を完売することができました。仮にリクープしなかった場合でも、投資金額(総原価)を抑えているため心が折れるほどのダメージにはならず、再チャレンジできたんじゃないかなと思います。

ただし、当たり前なのですが、お金回りをきちんと考えているかと買ってもらえるかどうかはあまり関係がなく、宣伝活動による認知によるところが結構大きいです。それでも、ゲームのクオリティとお金のバランスは避けては通れないですし、そのための努力には価値があると考えています。「制約がクリエイティビティの源泉である」というのはゲームに限らずエンタメ業界全般で言われていることなのですから。